山へ向かう道中、車窓からアルプスの山々が見えると一気に気持ちが高揚する。
私が初めて北アルプスに登ったのは7年前の秋。北アルプスの山々が燃えるように色付く頃だった。アルプス入門の山として人気の燕岳に登り、「登山とはこんなにしんどいものか」と、見えない山頂に向かって延々と続く登山道を前に自分の無力さを痛感したのを覚えている。
もう登山をすることはないかもしれない」そう思っていたが、ぱっと開けた山頂から見える北アルプスの山並みは私の心を一変させた。下界では体験できない絶景がここにはある。北アルプスの山々の頂きまでの道のりは険しい。だからこそ、言葉にできない達成感とともに山頂から眺める景色が強く心に刺さるのだろう。北アルプスの美しい山並みが私を山の虜にした。
日本有数の山岳地帯である日本アルプス。飛騨山脈を調査に訪れたイギリス人が、その山容をスイスのアルプスに因んで「日本アルプス」と名付けたのが始まりだとされる。本場のアルプスに比べると標高や規模こそ劣るものの、美しさはきっと負けていないはずだ。私はスイスに行ったことがないのだけれど。
南アルプス・中央アルプス・北アルプス、どのアルプスも魅力溢れる山が連なるが、中でも急峻な山が連なる北アルプスは登山者の心を掴んで離さない。
140万年から80万年前の火山活動などによって地面が激しく隆起し、標高3,000ｍ前後の稜線が続く山脈に成長したのが北アルプスだ。森林限界を超えた部分は何万年もの間、常に雨風の浸食を受け続けているため山が崩壊し、今のような険しい姿になったとされる。
山の一生に比べると、人の一生は一瞬にも満たない。その一瞬で何ができるのか。そんなことを考えながら、山に登る時間が私は好きだ。
北アルプスの懐に突如現れた秘境「雲ノ平」
北アルプスの中でも特に神秘的な場所が、かつては日本最後の秘境とも呼ばれていた「雲ノ平」だ。最奥部にある雲ノ平への道のりは長く厳しい。私がテントを背負って訪れた時も「もうこれ以上進めない」と体も心も疲弊しきっていた。
それでもなんとか一歩を踏み出し、直登を登り切ると突然目の前に別世界のような平原が広がった。「これが夢にまでみた雲ノ平か」私は、ただ茫然とその美しい草原に見惚れて立ち尽くしていたのを覚えている。
険しい北アルプスの懐に突如現れた雲ノ平。まるで日本庭園のようなその風景は、まさに天上の楽園だ。耳を澄ますと聞こえてくるのは、風がハイマツを撫でる音や鳥のさえずる声。静寂に包まれたその神秘的な台地は、忙しない日常から心を解放してくれる。
雲ノ平は、どれだけ遠くても、どれだけしんどくても、何度でも訪れたいと思ってしまう特別な場所なのだ。
北アルプスの特等席「蝶ヶ岳」
北アルプスの中でも、険しくそびえ立つ岩稜とその荒々しい山容から登山者の憧れの存在となっているのが、標高日本第3位の奥穂高岳有する穂高連邦や槍ヶ岳である。大キレットやジャンダルムは、山を登るものであれば一度は制してみたいと思う神々しい場所だ。
そして、その北アルプスのスターの山々を一望できるのがここ、蝶ヶ岳である。蝶ヶ岳そのものはたおやかな山容で、山頂も特別特徴があるわけでもない。しかし、ここから見る穂高連峰は唯一無二といっても過言ではないほど迫力がある。
6年ぶりに訪れた蝶ヶ岳は風速20ｍに迫る強風で、天候に恵まれた前回とは対照的な山行となった。暴風の中なんとかテントを設営し、中で風をしのぐ。風を遮るテントの中は暖かい。バタバタと大きな音を立てるボンフェスのテントの中で、ふとまだ訪れたことのないノルウェーに想いを馳せる。
フィヨルドや太陽が沈むことのない白夜、オーロラなど北アルプスに負けず劣らずの雄大な大自然を有するノルウェー。今回背負ってきたボンフェスのテントが、いつものテントよりも北アルプスの風景にマッチしているように感じるのはそのせいだろうか。いつかノルウェーの大自然を感じてみたいと思いながら、その夜は嵐の中テントで眠った。
翌朝、あわよくば朝日を見られるのではないかと期待していたが、見事に期待は裏切られた。雨風が吹き付ける中、急いでテントを撤収して下山する。前回見た朝日に照らされた美しい穂高連峰の姿を思い出しながら、ガスで真っ白な蝶ヶ岳を見つめる。同じ景色、同じ空の色は二度とない。だからこそ何度でも登ってしまうのだ。雲海に浮かぶ穂高連峰と安曇野の街の向こうから顔をだす朝日に期待して、また蝶ヶ岳に登りたいと思う。
#北アルプス ＃雲ノ平 #蝶ヶ岳 #ボンフェス
文章：レベッカ